再び巡る時の中で

                   「昼の使い」

                                         Written by史燕






シンジが学校に通い始めてしばらく経った。
学校ではレイのほかにもそこそこの数の友人がいる。
といっても、つかず離れずの距離を保ち、教室で軽く話すという程度であり、親しい友人というのはいない。
その要因としては、転校生という珍しさやレイとの関係という話題性から注目されたものの、シンジ自身はあまり社交的とはいえないこと。
さらに、行動を共にしているレイに対する忌避感があるため、やや近寄りがたいこと。
そして何より、みな少しずつ疎開していくため、あまり深い関わりを持ちたがらないことがあげられる。

前回の友人たちはというと、実はトウジにはシンジに近づく理由がなく、ケンスケもパイロットではないシンジには興味がないため、仲良くなれないでいた。

(トウジが休んでないってことは、妹さんは大丈夫だったんだろうからよかったんだけどね)

戦闘自体があっという間に終わってしまったため、前回ほど被害はなかったはずだが、実は当時の妹のことはずっと気がかりでいた。 しかし、当時が普通に投稿しているということは問題がなかったということであり、現実にはやはり全く被害がなかったわけではないことをシンジも知ってはいたが、いや、それ故に彼女が無事だったことは良かったと思っている。
シンジは仲良くなりたいとは思うものの、そろそろ次の使徒が来るかもしれない時期であるため、NERVの訓練に気が向いており、なかなか一歩を踏み出せないでいた。

そんなある日のことである。

授業中、突然シンジとレイの携帯電話が鳴った。

「……碇君、非常招集」
「使徒、みたいだね」

二人で確認が終わると、シンジは教師に声をかけた。

「先生、碇・綾波二名、急用のため早退します」

教師も二人の事情は心得ているので、早退を許可した。
そのしばらく後、街中に非常警報が鳴り響き、生徒たちはシェルターへと避難した。



シェルターの中でのことである。

「なあトウジ、頼みがあるんだ」
「なんや、ケンスケ」
「少し二人で話がしたいんだ」
「わかった」

ケンスケの提案を実行するためにトウジはヒカリに向けて大声で話しかけた。

「委員長!!」
「なによ、鈴原」
「ワイら二人便所や」
「もう、済ませておきなさいよ」

こうして二人はその場を離れ、人目につかない外への出入り口付近で話を始めた。

「で、なんや」
「この通り報道管制さ。モニターじゃ、俺たちには何も放送してくれない」
「なあどうしても外に出たいんだ」
「なっ、そんなん危険すぎるわ」
「頼む、このとおり一生のお願いだ」
「大丈夫だって、少なくともこないだも民間人にはけが人すらいなかったらしいんだから」
「お前そないなことどうしてわかるんや」
「それは、パパのパソコンからちょっとね」
「はあ、お前ほんま自分の欲望に素直なやっちゃな」
「ああ、もういいよ。俺一人で行くから」
「ま、待てや」

このままならケンスケは本当に一人で行くだろう。
ならばせめて自分がついて行った方がいい、そうトウジは判断した。
こうして二人は、戦場へとその身を自ら晒すこととなる。



一方NERV本部では、初号機の発進準備が進められていた。

「起動シークエンスオールグリーン」
「シンクロ率87,67%」
「相変わらずすごい数値ねえ」
「その方がありがたいでしょう、作戦部長さん」
「まあそうなんだけどね」

シンクロ率については、シンジは本来ならば意識さえすれば更に上げることも可能なのだが、フィードバックやシンジ自身にかかる負荷を考え、低めに抑えるようにしていた。
もっともあまり下げ過ぎると思うように動けないという問題もあるため80代後半から90代というのが、シンジのシンクロテストでの成績だった。
といっても90%前後を維持しているということ自体がNERVにとっては規格外な存在なのだが。
発進準備が全て終わり、ミサトは作戦を伝えた。

「シンジ君、パレットライフルで牽制しつつポイントへ誘導」
「そこから兵装ビルの支援を受けながらA.T.フィールドを中和して近接戦へ移行してください」
「大丈夫、訓練通りにやればうまくいくわ」
「わかりました」

(訓練通り、か。たしかライフルが効かなかったはずだし、着弾時の煙には注意しないと前回の二の舞だよね)
すでにUN軍の攻撃で通常兵器が効かないのは証明されている。
作戦部は前回ほぼ何もできなかったために今度こそはと躍起になっているが、そもそも近接戦闘にすぐさま移らないとどうしようもない現状で、やれることが多くないことにミサトは歯噛みしていた。
レイも本部には来ているが、零号機が未だに修理中のため、そのまま発令所で待機となった。

(私も碇君と戦えたらいいのに)

そう思うものの、現実には何らすることはできない。

「エヴァンゲリオン初号機、発進」

ミサトの宣言により、エヴァが地上へと射出される。
強いGに晒されながら、シンジは不思議と落ち着いていた。
シンジとしては、以前と同じ指示、同じ光景、どれも今に始まったものではない。

射出された先にいるのは、赤い体にイカのような頭、両腕の触手を鞭のようにしならせ、二つの大きな目玉のようなものが不気味に思える使徒だった。
発令所のモニター越しにも見ていたが、全快と寸分たがわぬ姿から、触手に貫かれた記憶がよみがえる。

(とりあえずは、命令通りに戦いつつ様子見しよう)

パレットライフルを当てると、案の定煙で使徒の姿が見えなくなる。

「バカ、弾着の煙で敵が見えない!!」

ミサトは焦るが、シンジはすでに位置を変え、別の場所からライフルを撃つ。

(咄嗟の判断にしては的確過ぎる動きだわ。どこかで訓練を受けたとは聞いていないけど)

シンジはこれまで、簡単な訓練のみで、本格的な戦闘訓練は行っていない。
理由としては、まだまだデータ不足の初号機の起動実験やシンクロテストを優先する必要があったからだ。
勿論シンジは訓練を受けたことがある。
前回の一年間でみっちりとミサトたちにしごかれたのだ。
つまり彼は訓練通りにやっているに他ならない。
ミサトは若干疑問に思うものの、今はまだ戦闘中だと、思考を切り替えた。

「ミサトさん、ライフルが全然効きませんよ」
「そんな、A.T.フィールドは中和しているはずよ」

リツコの設計とMAGIの計算では、少なくとも第3使徒サキエルには十分効果があるはずだった。

「シンジ君、予定変更、少し早いけど近接格闘に切り替えて。兵装ビルから援護をするわ」
「わかりました」

シンジが返事をした後、兵装ビルからミサイルや砲撃が使徒へ雨霰と降り注ぐ。
その間に初号機はナイフを装備し、接近戦を仕掛けようと距離を詰める。
だが、高速で振るわれる使徒の触手が初号機の接近を許さない。
ビルの陰に隠れようにも、ビルごと光る触手が迫ってくるうえ、兵装ビルの攻撃も効果を見せない。

「あの触手はA.T.フィールドで強化しているのね」

どうやら見た目以上に厄介な代物のようだ。
とはいってもこのままではじり貧である。

そうしてよけながらすきを窺っているときだった。

「しまった、くうっ」

シンジの左足に激痛が走る。
初号機は触手で左足首を掴まれ、後ろの山まで投げ飛ばされた。

「シンジ君。起き上がれる?」
「大丈夫です、ミサトさん」

ダメージはあまりひどくないようだった。
高いシンクロ率によるA.T.フィールドが功を奏したようだ。
とはいえ、掴まれた左足首は、フィードバックの影響から焼け爛れていた。
もっともその時のシンジにはそれを気にしている余裕はなかったのだが。

「えっ、どうして二人がここに!?」
(しまった、ケンスケたちのことすっかり忘れてた)

シンジの言葉から、発令所の方でも二人を確認した。

「民間人二名発見」
「シンジ君のクラスメート!!」
「保安部は何をやっていたの」

シンジはとても焦っていた。
幸いなことに前回と違い、二人よりも少し離れているため行動に支障はないが、この位置を離れると二人が戦闘の余波に巻き込まれるかもしれない。

「ミサトさん、僕がここで食い止めます。早く二人を」
「わかったわ、シンジ君。回収班、急いで」

使徒がこちらに近づくまで、アンビリカルケーブルの予備を付け直している時間はある。
あとは強固なA.T.フィールドを展開していれば、少なくとも二人が回収されるまでは持たせることはできる。

一方、シェルターを抜け出した二人である。

「おおー、やってるやってる」
「ドンパチなんて、なにがおもろいんや」
「うわー、見ろよトウジ。あのロボット今きれいにむちを避けたぞ」
「ああ、そうかいな。あれ」
「どうしたんだ? トウジ」
「なんやあれ、こっちに飛ばされてきおるで」
「ほんとだ。って」
「「うわーーー」」

大きな砂埃が巻き上がり、二人の視界が閉ざされる。
視界が回復した二人が目にしたのは、自分たちに背を向け立ち上がる、紫の巨人の姿だった。

「そう、わかったわ。ありがとう」
「シンジ君、二人の回収が終わったわ」
「そうですか」

めいいっぱい両手を突きだし、使徒の攻撃をA.T.フィールドで耐えていたが、そろそろ限界だったのだ。

(それじゃ、反撃開始といきますか)

「初号機、予備のプログレッシブナイフを装備」
「初号機、アンビリカルケーブルをパージ」
「シンクロ率、急激に上昇92……96……99……シンクロ率100%に到達します」
「左手にA.T.フィールドの圧縮を確認」
「なんですって!!」

A.T.フィールドの圧縮など、リツコは想像もできなかった。
ただでさえシンクロ率が高い水準で固定されているという規格外な存在が、さらにまだ自分たちが知りもしないA.T.フィールドの活用法を知っているのだ。
リツコはシンジに対する興味を押さえることができなかった。

一方ミサトとしては、忸怩たる思いを抱いていた。
作戦部では使徒に対して有効な手を打つことができず、結局シンジに任せざるを得なくなってしまった。
これでは何のための作戦部だろうか。

シンジとしては、こうしたい、と思っただけで左手のA.T.フィールドによるコーティングが出来てしまい驚いていた。
前回よりも動きやすいとは思っていたが、A.T.フィールドまで自由にできるとは思わなかったのだ。
これはシンジが使徒と自分たちが同じ存在だと理解していることに起因する。
A.T.フィールドはそれぞれの心の壁である。
使徒もやっていることだが、意志が伴えばその形も自由に変えることが可能なのだ。

そしてシンジは、使徒の動きを見極めると、次の瞬間その触手を掴んだ。

「これが邪魔なんだ。切り落とさせてもらう」

A.T.フィールドでコーティングされた左手なら、触手を掴んでも怪我をすることはない。
プログレッシブナイフも同様にコーティングすると、もう一つの触手をよけながら、掴んでいる触手を付け根から切り落とした。
辺り一面に血しぶきが舞う。

(やった)

それが油断だったのだろう、次の瞬間、もう片方の触手に腹部を貫かれてしまう。

――ぐはっ――

思わずシンジは血とL.C.Lを吐き出してしまう。

(でも、これで前回と同じだ)

「うおおーーーっ」

シンジは触手を、腹部を貫かれたまま左手で掴み、使徒のコアへナイフを突き立てた。

「おおーーーっ」

発令所はシンジの気迫に飲まれ、誰も声を出すことができない。
レイに至っては、シンジのあまりにも痛々しい姿に顔面蒼白となっている。

――ピキピキッ、バリン――

「パターン青、消滅しました」

ようやくコアが砕け散り、オペレーター席の方からマヤが使徒殲滅を告げる。
本来ならば勝利に湧くはずの発令所では、誰も声を発することができない。
ただ、通信から聞こえてくるシンジの粗い息遣いだけが響いていた。

と、そのとき
「いかりくん!!」

レイの悲痛な叫びが発令所に響いた。


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