零と壱の物語〜Eパート〜

                Written by史燕


チクタク チクタク 生まれ落ちる
チクタク チクタク 新しい物語

少女は赤い海に佇みながら瞑目する。
自身が犯した過を懺悔するように。

「よかった、綾波が生きていてくれて」
「そう」

心配する彼に、送ったのは気のない返事。

「もう、絶対にあんなことはしないでよ」
「なにが?」

目に涙を浮かべる少年に返したのは、感情の乗らない言葉。

「零号機を自爆させてまでぼくを助けてくれたんじゃないか」
「覚えてないの?」

めげずに言った彼に、彼女はすげなく返事をした。

「いえ、知らないの」
「たぶん私は三人目だから」

そして、言葉を失う少年を背に、彼女は無慈悲にその場を去った。

少女はひとり自室で膝を抱える。
彼女の手には銀時計。

「なぜか、これは捨てられない」
「なにもない、零のはずの私に、たったひとつ残った壱」

振り子は揺れる、彼女の手の中で。


数日後、昏い表情をした少年と少女は出会った。
自分を見た瞬間の動揺から、彼が自分の秘密を知ったのだと理解した。
それでも、よかった。
これは、二人目の彼女のものだから。
三人目の自分には、手に余るものだから。

きびすを返してその場を後に。
きっと彼も、今は話をしたくないだろうから。

そんな少女は、それまで一度たりとも感じたことがない強い力で引き寄せられ、足を止めることとなった。

「どうしたの」
「セントラルドグマに行ったんだ」
「それでは、見たのね」

疑問形ではあるが、彼女にとってはただの確認だった。
それはもはや遅かれ早かれの話であったし、それで発生するのは少年が少女に抱く不信感だけ。
計画にはなんら支障が無い。
ただそれだけの筈だった。

「きみは、目の前の綾波は、ぼくの知っている綾波じゃないのかもしれない」
「ええ、私は二人目じゃない」
「だけど」

少年は言葉を切った。
その瞳には、先ほどまでの動揺も、嫌悪も、憐憫もなく。

「綾波は、綾波だ。魂だとか、クローンだとか、そんなことはどうでもいい」
「ぼくの目の前にいて、綾波レイとしての記憶があって、自我があって」
「二人目だとか三人目だとか、仮に四人目になったって」
「きみは、きみだ。綾波レイだ」
「きみがきみである限り、ぼくが、ぼくの心がきみだと感じている限り」

少年の目は、それまでの、二人目だったときの記憶にもないほど、まっすぐ少女を捉えて放さなかった。

それももう、過去のこと。
回る秒針、進む長針。
その頃から変わることなく刻み続ける時計の針は、決してまき戻ることは能わず。
少女の手に収まるのは、ただただ流れる時間の経過。

それでも、少女にはよかった。
優しい彼が、闘わずに済むのだから。
大好きな彼が、傷つかずに済むのだから。

spini anim praya 零の物語は
spini anim praya 悪いことばかりじゃない



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