春花の伴風

                 Written by史燕



その日は突然、01リーダーから連絡があった。

「今月三十日、何の日かわかる?」

これだけで何を察しろってんだまったく。

「すまない、わからないのだが」

そう返事を送ると、即座に反応が返ってきた。

「期待した私がバカだったわ。三月三十日、とにかく有給申請をすること」

全く以て何のことかさっぱりわからない指示だが、有給と言うことは少年と少女の件だろう。
俺たちが一緒に仲良くお茶しますなんて間柄ではないのだから、流石にそのくらいは察しが付いた。

「了解です。つきましては有給取得に向けての打ち合わせをさせていただいても宜しいでしょうか、お嬢様」

お嬢様、なんて気取るような文面に我ながら吹き出しそうになったが、あまりにも煽るようなメッセージに意趣返しをしたくなったのだ。

「あら、ようやくレディの扱い方を心得てくださったのですね、執事さん」

おいおい、いくら何でもそりゃないぜ、同期に。
そちらはお嬢様でこちらは使用人かよ。

「はい、このじいやになんなりと仰せ付けください」

要するに歳を考えろという暗喩だが、まあ伝わらんだろうよ。
そんなことを半ば冗談として気の抜けた気分で続けていたが、次の一文で思わず姿勢をただし、真剣に明日どう立ち回るか考えざるを得なくなった。

「本題。三十日は、あの子の誕生日なのよ」

***

翌朝、少年の部屋の前へと向かいながら、俺は考えをまとめきれずにいた。
過干渉は流石に御法度だとは思うが、さりとて全く何もせずに、「はい誕生日ですよ、祝え」なんて話にもなるわけもなく。

「俺、こういうのホント苦手なんだよな」

思わずうめき声を上げてしまう。

「リーダー、案件はみんな知ってますけど、今のは完全に不審人物ですよ」
「わかってるさ、んなことたぁ」

余計なことを言ってくれた部下に拳を振りかぶって見せる。
本当に殴ったりはしない。そんなことをしようものなら一発懲戒だ。

「まあまあ、そんなリーダーのために、優秀な部下達から腹案があるんですが、ご入り用でしょうか?」

調子に乗ってニタニタ笑う部下に夜勤のシフトをきつめにしてやろうと心に決めつつ、せっかくのアイデアを拝聴した。

「俺、そこまでやんなきゃなんねえ?」
「代案があれば一向に構いませんよ」

これには両手を挙げて降参せざるを得なかった。

***

「碇シンジくん、折り入って頼みがあるんだけど」

朝のあいさつもそこそこに、少年に頭を下げた。
親しげに話せるほど心を開かれていないのは百も承知だが、これしか案が浮かばなかったのだ。

「どうしたんですか、突然」

当然、反応は芳しくない。訝しむのも無理はないと自分でも思う。

「実は、困っていることがあって、若い子の意見を参考にしたいんだ。こんなことをお願いできる立場じゃないのはわかっているが、ちょっとだけ相談に乗ってもらえないだろうか」

図々しい、端から見ても図々しすぎる。
歳が離れているのはこの際目を瞑るにしても、ただの知人ですらなく、監視役、彼にとっては目の上のたんこぶのような忌々しい存在だ。
もとより、まともに返事を返してくれなくてもおかしくない立場といえる。
そこを敢えて厚顔無恥に依頼を出すのだから、羞恥を表に出さない様に必死だ。

「いいですよ。でも、僕で役にたちますか?」
「立つ、間違いなく。頼りにさせてもらうから」
「ずいぶんと大袈裟ですね。それで、どんな話ですか?」

少年、人が好すぎやしないか?
ちょっと心配になってくる。
しかし、これは僥倖。思いのほか食いつきが良い。

「ああ、実は君と同じくらいの年頃の姪っ子がいるんだが、今度誕生日でね。毎年プレゼントを贈っているんだが、流石に年頃となると勝手が違って、何をあげていいかわからないんだ。
そこで、同じくらいの君なら俺とは違った視点でアドバイスをくれるんじゃないかと思ってね。ほら、俺の周りこいつらみたいなおっさんばっかだから」

この作戦の提案者を親指で指さしながら一息に言った。
全く、これならわざわざ俺からじゃなくても良かっただろうに。
姪っ子なんて居ない、だが、連れ出す口実には丁度いい。
なかなかの按配だ。その架空の姪っ子を生み出すのが俺でなければだが。
何も買わないわけにもいかず、さりとて、ゴミ箱行きのプレゼントなんてどうしろって言うんだ。
それはともかく、これに少年が拒否感を示せば作戦は破綻だ。どうか頼むよ、身を切ったんだから。

「すてきなおじさんですね。ちゃんとプレゼントを用意するなんて」

話を聞いて昏い目をする少年の様子に、宜しくない話題の方向性だと冷たい汗が背を伝う。
よくよく考えれば、少年の父親はかの有名な碇ゲンドウ。家庭人としては落第であってもおかしくない。むしろ家庭的な方が違和感を拭えないほどだ。これは不味いのではなかろうか。
あわや大惨事、作戦失敗かと身構えた瞬間。

「いいですね。ぜひ協力させてください」

そう言った直後から、少年の表情に生気が戻ってきた。

「それで、いつにしますか? 今日でも構いませんよ?」

むしろ積極的すぎて逆に心配になってくる。

「その、別に無理に時間を作らなくてもいいんだぞ。例えば図書館に行くついでとかで」
「いえ、久しぶりなんですよ。僕を頼ってもらえたの。それもいつもお世話になっている護衛さんからですから、じっとしている方が無理です」

まさかの善意百パーセント。こうまで言われてしまっては、お願いをした側である以上、どうぞ好きにしてくれとしか言いようがない。
さながら、時代劇で用心棒が依頼主をほっぽり出して主人公と決闘を始めるようなものだ。
「俺に意見するのか?」「せ、先生のお好きにどうぞ」ってな具合だ。風向きが変わらないうちに話を進めてしまうに限る。

結果俺は、「お、おう。よろしく頼むよ。今日の昼飯の後にでも」と辛うじて了承の意を伝えるのが精一杯だった。

昼食後、近くのショッピングモールを少年と巡る。

「女の子だからやっぱりお人形さんみたいなのがいいんだろうか?」
「いや、さすがにもっと小さいならともかく、中学生には微妙なチョイスですよ」

焦るような様子で軌道修正を図る少年に、やはり俺にはこういうのは向かないのだと悟る。

「じゃあお菓子とかか?」
「バースデーケーキもあるでしょうし、それもちょっと」
「ふむ、そういうものか」

なるほどわからん。が、今回は少年が少女にプレゼントを用意するよう仕組むのが本題。俺の壊滅的なセンスは二の次だ。
どうせ渡す相手もいないしな。……自分でも少し悲しくなってきた。

「じゃあ、アクセサリーみたいなのはだめか? 指輪とかさ」
「そこで指輪は親戚づきあいレベルではどうかと思いますけど、アクセサリーはたしかにいいんじゃないですか? 
 ネックレスとかブローチなら、ちょっと大人っぽいデザインなら、高校生になってからも使えますし」
「そうか、ありがとう。その線でいこう。それで、どんなのがいいと思う?」
「丸投げしないで自分で考えてくださいよ」

嫌だよ。俺のは行き先ないし。
ただ、そろそろ頃合いか。

「そう言えば綾波レイちゃん。あの子もそろそろ誕生日らしいじゃないか。シンジくんも何かあげるのか?」
「綾波の誕生日、もうすぐなんですか」

知らなかったのか。いや、なんとなくその可能性も考えたけど、元同僚だろうに。
しかもなんとなくいい雰囲気だから、てっきり知っているもんだとばかり。
俺の買い物のついでに勝手に買うだろ、というのは甘かったか。むしろ水を向けてよかったかもしれん。

「30日と聞いたよ」
「そうなんですね。でも、いいんですか?」
「何がだ?」
「僕たちが、接触するのって禁止されていると言われたのですけど」
「ああ、そんなことか。そう言えばそんな指示もあったな。だけど、たまたま君が図書館に持って行った不要物を、たまたま机に置き忘れて、たまたまそこに居た女の子がよく知らずに持って帰ったとして、支障があるだろうか。
 少なくとも君はそれがなくなっても気にしないだろうし、捜索もしないだろうな」

俺の口ぶりに少年は堪らないという風にクスクスと肩を震わせた。

「たしかにそうですね。でもまさか、護衛さんからそんな話が出るなんて意外です」
「そうか? 俺はただ一般論を述べただけだが」
「そうですね。一般論ですね。ただ、僕は今まであなたのことを誤解していたみたいです」
「誤解、よくあることだな。意外ともよく言われるよ。同期には『なんでできるのにあんたはやらないのよ。態度は不真面目なくせに仕事はクソ真面目。少しは融通をきかせなさいよ』なんてよく言われてる」
「融通はしてくださってるみたいですけど」
「君たちにはね。あいつにはしてやる気がおきん」
「そうなんですね」

なにがおかしいのか、少年はまたしてもクスクス笑い始めた。まあ、些細なことか。

「という訳で、姪っ子のための参考にしたいんで、シンジくんもあの子に渡すプレゼントを教えてほしいんだ。なんなら夕食は好きな店に連れていこうじゃないか」
「ふふっ、わかりました。僕もあまりこういうのが得意なわけじゃないですけれど、一生懸命考えましょう」

少年の足取りが、少しだけ軽やかになった。

「結局、本人に似合うもの、喜んでもらえるものを選びたいですよね。綾波に似合うのは――」

そう言いながら店を一周して選んだ彼のチョイスは、流石としか言いようがなかった。

***

三月三十日、約束通り有給を取った俺は、少年を連れて図書館へとやってきた。

「それじゃ、車を回してくるから先に行っててくれ」

例によって少年を送り出した先には、空色の髪の少女が座っていた。
忘れず、01のやつに通信を飛ばす。

「無事に送り届けたから、よろしく頼む」

それに対して返事はない。
その代わり、繋ぎっぱなしのマイク越しに、向こうの様子が伝わってくる。

『レイちゃん、お誕生日おめでとう』
『ありがとうございます。でも、どうしていきなり?』
『それは、私達からのプレゼントが届いたからよ。玄関を見て』

次の瞬間、ガタン、と少女が椅子から立ち上がった為に生まれたであろう音が聞こえた。

『いかりくん』

少女の声に少しだけ喜色が混じっている。

『彼との時間が、私達からのプレゼント』

かっこつけやがって。ま、「私達」と言ったのは及第点だな。

『あやなみっ』

図書館で走るんじゃない。と言ってやりたいがそれは野暮だな。
とっくの昔に駐車は終わっているが、あっちに行くのはもう少し時間を置くべきだな。
おじさんは黙ってヤニでも吸ってましょうっと。
喫煙所へと向かいながら、イヤホンに耳を傾ける。

『誕生日おめでとう。これ、プレゼント』
『プレゼント?』
『嫌、だった?』
『いえ、そうじゃなくて、誕生日にプレゼントをもらうなんて、初めてだったから』

おいおいそんなことってあるかよ。
焦った調子で、やつから小声で通信が入る。

『私達からのプレゼントなんて言わない方が良かったかしら』
「今更だろ。それに、物体は与えてないんだからセーフだって」
『でも、初めてのプレゼントが中学生になってからなんて』
「それに関してはどうしようもないって。そういう意味では、今回の有給は正解だったな」

なんで俺たち部外者がこんなに居たたまれない気持ちにならなきゃなんないのか。
おいクソ爺ども。保身の前に考えることがあるんじゃないか。
こんな扱いじゃ、そりゃ世界が恨まれても文句言えないぜ。

『これ、開けてもいい?』
『うん、もちろんだよ』

少年が持っていった小袋を少女が開けたのだろう。
ガサゴソという音だけがマイクに拾われ、少年が固唾を呑んで見守る様子がその場にいなくともありありと想像できる。

『これは、ブローチ?』
『うん、綾波に似合うと思って』
『翼。ごめんなさい、私はもう翼は出せない』
『そういう意味じゃなくって』

――こういうのが、いいかもしれません。

あの時、少年が手に取ったのは翼のブローチだった。中央には青いガラスが卵型に据えられ、今にも大きく羽ばたかんばかりに左右に熾天使のもののような翼が広げられている。
シルバー製のシンプルなデザインだが、丁寧に作り込まれている。

翼は、羽ばたいて飛び立つという様子から「上昇」「飛躍」を意味する。「何かを成し遂げたい」という想いを叶えるためのモチーフ。
少年がどう考えているか訊ねたわけではないが、やがて二人が、この鳥かごを離れて広い空へと飛び立ってくれることを願いたい。

『いつかきっと、綾波と一緒にいろんなところに行けたらいいなって』
『翼を持って空を飛ぶ鳥のように?』
『うん。日本中、世界中の、いろんな所を見て回りたいな』
『素敵ね。いつか、必ず』

そうあってほしいと願うのは、俺たち日陰者にしては贅沢な望みだろうか。

「またタバコ吸ってるの?」
「好きにさせろ。っていうか、お前あの二人放置してきたのか?」
「あら、それを言うなら、玄関先で彼をフリーにしたあげくにこんなところで時間を潰している時点であなたも同罪じゃないかしら」

くっ、ああ言えばこう言う。口で勝てる気がしない。

「別にいいじゃない、有給なんだし。ちゃんと監視はしているし」

やつの言うとおりこの喫煙所からはちゃんと二人の姿は見える。
これ以上会話を盗み聞きするのも気が引けるし、あの空間に入り込むこと自体が馬に蹴られそうで嫌なのもわかる。

「だからってなんでまた嫌煙家がこんなとこに来るんだ」
「一人でずっとあの甘ったるい空気に当てられたんだから、せめてひとりぼっちは避けたかったの」
「さいですか」

向こうは青春真っ盛り。
こちらは酸いも甘いもどころか苦みしか感じない社畜の身。
そりゃまあ愚痴の一つでも共有できた方がいいわな。
ま、しゃーねーなー。

「はい、これ」

俺は少年が少女に渡したのと同じ袋をやつに渡しながら言った。

「何よ、いったい?」
「やるっつってんだよ」
「どうしてまた藪から棒に」

ひでえ言われよう。これもまたしょうがないんだが。

「その、今回はありがとよ。少年も元気になった」
「まあそれは。私がレイちゃんにしてあげたかっただけだし。それで、これは何の関係があるのよ?」

案外察しが悪いな、こいつ。いやまあこれで解れってのも無理筋じゃあるんだが。

「あーと、その、礼だよ礼。今回を含めた日頃のな。どーせ買ったはいいが、渡す相手なんざいないんだ。せめてその、有効活用してくれそうな同期に渡そうと思ったんだ。わるいか?」
「別に、悪くはないわよ。ただ、意外だっただけで」

そう言って、おもむろにやつは左胸にブローチを着けた。

「どうかしら、これで満足?」
「あ、ああ。さすが、何着けても似合うな」

渡したのはクローバーのブローチ。
シルバーの下地に緑のクローバーが嵌め込まれている。
少年の目利きはたしかなようで、やつもまんざらではなさそうなのが救いだ。

クローバーは、幸運。四枚の葉には「誠実」「愛」「希望」「幸運」という意味が込められている。
こんなクソッタレな世の中で、せめてお人好しが過ぎるこいつくらい、報われてやってもいいんじゃねえかよ。

「さて、それじゃあ行くかね」
「ちょっと、アンタまだそれ半分以上残ってるじゃない」
「二本目はちょっと多かったんだよ」

灰皿に火を点けたばかりで止めた吸い殻を突っ込んだ。

「ヤニ臭いの、嫌いなんだろ?」
「それはそうだけど」

もごもご口ごもるな。いつもの必要以上にはっきりする物言いはどこに置いてきた。

「いくら何でも二人をこれ以上放置はできんだろう。一応護衛が本職なんだぞ、俺たち」

ま、仲良く肩を寄せて本を広げてる辺り、どうこうなるとは思えんがね。
あちらの少年少女と違って、所詮俺たちは日陰者。
だけどせめて、青い春風に伴われる花の香りくらいは、楽しんだってバチは当たらないと思うんだ。

「本来なら、ケーキの一つでも手土産に用意してやるべきだったがな」
「あら、それなら次の機会にがんばらないとね」

図書館の中を足早に歩きながら自由のきかない身の上に悪態をつくが、こいつにしてみればそうではないらしい。
どういうことかと目を向ければ、無言で肩をすくめながら二人の方向を向くように促された。

『ねえ、碇くん』
『なに、綾波?』
『いつ? 碇くんの誕生日』
『六月六日だけど』
『そう、わかった』

漏れ聞こえてくる話を鑑みるに、六月も有給申請は準備しておかないといけないらしい。




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