見上げる星辰

                 Written by史燕



いよいよ本日梅雨入りとなった今日、俺はとある店のショーケースの正面で考え込んでいた。

「誕生日ケーキって、どんなのがいいんだ」

まず最初に目に付くのは子供向けのアニメキャラクターを象ったホールケーキ。
これはない、絶対にない。流石の俺でもそのくらいはわかる。
次に目立つのは白い生クリームに真っ赤なイチゴが並べられたショートケーキ。
無難、まさに無難。おそらくこれを買っていけば間違いなし。
定石通り、大好きな言葉だ。
さらに迷うのは、同じ白くとも酸味を増したレアチーズケーキ。こちらはブルーベリーとラズベリーが円形に敷き詰められて見目麗しい。
男の子にはむしろこちらのほうが好ましいかもしれない。
逆に奇をてらうなら、ココアパウダーを織り込んだスポンジに生クリームとチョコクリーム。なかなかホールではお目にかからないであろうショコラケーキもよろしいか。
間違いなくうまい。

「だあっ、もうっ。どうやって決めりゃいいんだよ」

脳裏であの煽り性能抜群の同期の声がした。「男らしくないわね。それくらいちゃっちゃと決めなさいよ」と。
んな簡単に行くか。だったらこんなに悩んでなんかいねえよ。

写真を見せて恥を忍んで相談というのも考えたが、これは俺からの少年へのプレゼント。
そこで余人の手を借りるなんざ沽券に関わる。あと純粋に弱みを増やすのは嫌だ。

「少年、君はどんなケーキが好みなんだ」

料理はプロ顔負けなだけに、一度もケーキを買った覚えがない碇シンジ少年の顔を思い浮かべながら、立ちはだかる国家試験以上の難題に意を決して挑戦するのだった。

降りしきる雨をコウモリ傘で弾きながら、俺は反対の手でヤツに通信を繋いでいた。

「それで、ちゃんと予約したの?」
「ああ、ちゃんと時間になったら受け取れるように頼んでおいた」
「まったく、当日に有給を取れないなんてどういうことよ。三月から約束してたでしょう」
「悪かったって。でもしょうがないだろ。部下が全員出払っちまうんだから」

本日は六月一日、作戦決行のXデーにはまだ五日ばかりあるが、早めに段取りを決めているのはそれが理由だった。
なんでも実家の親父の七回忌と、母親の通院と、留学先の親友の来日と、妹の結婚式とが全て六月六日に集中してしまったのだ。

「まさか『休むな』なんて言えないだろう」
「それはたしかにそうだけれど、それじゃあどうやってレイちゃんと会わせるのよ。報告義務を回避できないじゃないの」
「まあな、そこが頭痛の種なんだが」
「わかった。アンタ当日の夕方骨折なさい。それでついでにごねて代理人員招集まで三時間くらい稼いで、その間にアタシがうまく終わらせておくから」
「ぜんっぜん、うまかねえよ」

もし次の人員手配とかで変なヤツが来たらどうするつもりだ。断固拒否。
お祝いして「ハイ、サヨナラ」じゃねえんだぞ。

「あら、二人が可哀想だと思わないの? 薄情ねえ」
「思うに決まってるだろ。でもそれとこれとは話が違う。論点をすり替えんじゃねえ」
「短気な男は嫌われるわよ」
「正論を感情論で封殺するんじゃねえ」
「ま、最低限の仕事はしたってことで許してあげるわ」

言うだけ言って切りやがった。
可愛くねえ。いやいい歳して可愛さを求めるのもどうかと思うが。

「あの娘、悪影響を受けてないといいんだがなあ」

俺のつぶやきは、雨音の向こうにかき消えていった。

****

「まったくもう、素直じゃないんだから」

同期の察しの悪い男との通話を終えて、私は携帯を胸にしまった。
なんだかんだ文句を言いつつ、宅配のピザにバースデーケーキとしっかり段取りをしてくれたのだから、とても仕事ができるのだ。

「有給、もっと取ってくれたら合わせるのに」

彼が有給を取るのは決まって消費期限ギリギリだった。
それ以外で初めて取得するようになったのが、件の子供達の為だというのがなんともらしい。
それさえも、間の悪い男どものせいでお流れになったわけだけど。

「『休むな』とは言えないけど、『休め』と言いたいのよ。こっちとしてはね」

思わずため息が漏れる。幸せが逃げるらしいのに。
それもこれもあの男が全面的に悪い。
素直じゃないのは、私の方かもしれないわね。

「お待たせしました」
「あらら、準備はバッチリね」

どうでもいいことに思考を割いている間に、今回の一番大事な仕掛け人であるレイちゃんから声をかけられた。
これから二人でお出かけなの。

「楽しみなんです。誰かに何かをプレゼントするの、初めてで」
「好きな子に、初めてのプレゼント。とっても素敵じゃない」

尽くしてくれる女の子をやっているレイちゃんを見ていると、なんだかとても眩しいわね。
危うく「初めてをあげちゃう」なんて言葉に邪念が浮かびそうになったけど、この子達にはまだ早すぎる。
健全なお付き合いが一番だけど、火遊びもして欲しい気もするし、悩ましいわね。
どこかの誰かさんが「言うな、絶対にレイちゃんの前で余計なことを言うな」って言ってるような気がするから、流石に口には出さないけれど。

雨の降りしきる中、車を回してデパートへ。
立体駐車場を下り、売り場を冷やかしながら、レイちゃんが気に入ったものがないか探して回るのだ。

「誕生日プレゼントって、どんなものがいいかわからなくて」
「私もパッとこれにしなさいなんて言えるものじゃないしねえ」

車内で腹案を練ってみるも、二人でいい案も浮かばず、アレも違うコレも違うと全く決まる気配がない。

「正直、レイちゃんが選んでくれたものなら、何でも喜んでくれそうではあるのだけど」
「だとしても、やっぱりちゃんと自分で碇君が喜ぶ物を選びたいです」

なんていい娘なの。「いっそのことレイちゃん自身をプレゼントしたら」なんて、一瞬でも思った自分が恥ずかしいわ。

「アクセサリー系はどうかしら? レイちゃんが貰ったのとお揃いで身につけられるし」
「たしかにいいかもしれません。でもなんだかそれは違うような気がします」

自分の時はブローチを貰って喜んでいたから、てっきり同じ路線で行くのかと思ったのに。
アクセサリーは独占欲や自分の物だというアピールにもつながる。
意味は知らないみたいだし、無意識でしょうけど、そこまで束縛したくないのかしら。
彼の自由意志を尊重する。一回り以上離れた女の子なのにどうしてかしら。どこか憧れてしまうわ。
無難で堅実なのかと思ったのだけど、意外とチャレンジングなのね。

デパートを一階から十階までローラーするように各店舗を見て回って、お昼にパンケーキで休憩して、今度はピックアップした五階と六階の二店舗で悩み通して、
ようやくレイちゃんからのプレゼントが決まったの。
ちなみに、生クリームと蜂蜜たっぷりのパンケーキを、目を輝かせて頬張るレイちゃんはとてもかわいらしかったことも付け加えておくわ。
紅茶は決まってアールグレイなのも、何か理由があるのかしらね。

****

六月六日、天気は快晴。こんな日は公園を散歩するだけでも気持ちいいだろう。
とはいえどこかに出かける用事などあろうはずもなく、仮にあったとしても人手不足のここ数日は、シンジ君には悪いがご遠慮願いたいのが一応の護衛部隊現場責任者としての本音だった。
責任者しかいないんだぜ、今日の現場。

――ピンポン――
そんないかにも量産という電子音で、来客の合図があった。

「珍しいですね」
「ああ、ちょっと配達があってね」
『お届け物です』
「はいはい、ちょいとお待ちを」

ドア越しの声に、さも何でもないですよという風に気の抜けた声で少年にアピールしながら、玄関に向かってドアを開けた。

「ハッピーバースデー、碇君」

そう言いながら、いつもと変わらない抑揚の少ない声色で部屋に入ってきた少女を見て、文字通り目を点にした少年の表情は見物だった。
証拠を残さないためにカメラ映像をダミーに差し替えていたことが悔やまれる。
二人は緑の帽子と制服で、一般の宅配業者を装っている。にもかかわらず、顔を見れば知った顔。それも片方は表向き接触を禁じられている相手だ。
この驚きつつも喜びを隠せない顔が、俺たちへの最大の報酬だ。

「あっ、あやなみ?」
「ええ、綾波レイよ」
「いやわかってる、わかってるんだけど、どうしてここに?」
「こっそり、連れてきて貰ったの」

驚いて目を白黒させる少年に、俺とヤツは揃って手をひらひらと振ってみせる。
どうだい、気に入ったかい? 
情けない大人達からのせめてものプレゼントは。

「アンタもぼうっとしてないで、運んでくれない?」

そう言って渡された箱は、ピザが二枚にケーキが一ホール。

「お誕生日おめでとう、シンジ君」
「ハッピーバースデーだ、少年。ケーキもあるぞ」

ピザは二人共が食べられるようにチーズとトマトのマルゲリータ、エビマヨとコーンの海鮮ピザだ。

「ケーキなんていつ以来だろう」
「さあさあ、開けて開けて。ろうそくも十五本用意したんだから」
「なんでアンタがシンジ君よりはしゃいでるのよ」
「いいじゃねえか、一生懸命選んだんだから」
「ふふっ、お二人ともありがとうございます」

くだらないもめ事をする俺たちが余程おかしかったのか、少年が吹き出してしまったのはさしものヤツも毒気が抜けたらしい。
「結局どれを選んだのか、アタシも知らないのよね」なんて、少年を楽しませる方向に舵を切ったようだ。

「じゃあ、みなさん気になるみたいですし、開けちゃいますね」

そう言って少年が開けた箱には、オーソドックスなショートケーキ。
真ん中にはちゃんとチョコプレートで「HAPPY BIRTHDAY 碇シンジくん」と書かれている。

「定番ね」
「ああ、定番だ」

うるせえ、変にひねるよかあいいと思ったんだよ。だから肘で小突くんじゃねえ。

「初めてです。名前入りのプレートなんて」

俺たちの低レベルな攻防を脇に、少年の口から思った以上に重たい闇が噴出した。
おいおいマジかよ。碇ゲンドウ。
いくら強面冷酷容赦なしの泣く子も黙るどころかさらに泣き喚くNERV総司令とはいえ、せめて誕生日ケーキぐらい買ってやってくれよ。
もう手遅れな話だけど。

「今年からは、毎年用意しましょう」

レイちゃん、いいこと言った。微妙な空気が雲散霧消。
地獄に仏、いや救いの女神。拝ませて欲しいくらいだ。

「さあさあ、それじゃあろうそくに火を点けないと。ほら、いつものライターだして」
「お、おう。そうだな。せっかく一生懸命選んだケーキなんだし、俺もこうふうっと一息に吹き消してもらえるとうれしいなあ」

「うわあ、一度やって見たかったんですよ」

うんうん、一度と言わず何度でもやろうな。毎年やろう。必要なら何個でも買ってやるから。

「何個もって、そんなに欲張りじゃないですよ」
「あら、口に出てたか」
「そりゃあもう、はっきりと。でも毎年っていうのはいいわね。シンジ君の誕生日と、レイちゃんの誕生日と」
「私も、ですか」
「もちろん。やらない理由はないでしょ」
「もしかして、それも俺が準備すんの?」 「なによ、何個でもって言ったじゃない」 「言ったな。わかったわかった、また四人で祝うから。ささ、ろうそくも並んだことだし、もう火を点けるぞ」
宣言したまま返事を待たず、十五本のろうそくに火を点す。

  ハッピバースデートゥーユー
  ハッピバースデートゥーユー
  ハッピバースデーディア碇君
  ハッピバースデートゥーユー

お決まりの何の変哲もないバースデーソング。俺たちにはそれくらいしか用意がない。
ちなみに呼び方はレイちゃんに合わせた。

ふーっと大きな息を吹きかけて綺麗にろうそくの火が消えた。
パチパチと響く三つの拍手。

「おめでとう、碇君」

普段とは違う弾むような少女の声色。

「ありがとう」

照れくさそうにはにかむ少年。

「さあ、ピザも食べましょう」
「これもリーダーさんが選んだんですか?」
「ええ、なかなかいいチョイスでしょ」
「生地もサクサクでおいしい」

三人がそれぞれに舌鼓を打つのを見るだけでうれしい。

「そいつはよかった。さあさあ、どんどん食べな」

ひと頻り食べ終わってから、いよいよ最後のメインイベント。
レイちゃんからのプレゼントを進呈する。

「はい、これ。碇君に」
「ありがとう。綾波が選んでくれたんだ」
「ええ」
「レイちゃん、デパート中探し回ったんだからね」
「そうなんですね」
「ありがとう、綾波」

少年が包みを開けると、出てきたのは望遠鏡とカメラのセットだった。

「碇君、たしか星座の本とか読んでいたから、気に入ってくれるとうれしい」
「うん、うれしいよ。ここのベランダからなら、星も見れるし」

それはお世辞ではなく、本当にうれしそうな反応。年相応に喜んでいる姿は微笑ましい。

「望遠鏡で見た星の姿を、そのまま記録できるらしいわ」
「へえ、じゃあ僕が撮影した写真を、ずっと残していられるね」
「せっかくだし、二人で早速覗いてきたらどうだ」

このまま想い出を増やせるように、ちょいとだけ助け舟を。

「いいんですか!?」

少年の声を受けて視線を向ければ、心得たとばかりに首肯して、ヤツも二人の背中を押した。

「もちろんよ。私達に止める理由なんてないわ」

少女に自覚は無いかもしれないが、籠の中にあれども想いははるか遠くのそら に。 離れていても見上げる星辰は同じものだから。
であれば、せめて始まりの今日の夜空くらい、一緒に眺めてほしいじゃないか。

「どうやらベランダも譲る羽目になりそうだ。流石に子供の前で吸うわけにもいかないし、廊下が狭くなるなあ」
「禁煙したら? せっかくの機会だし」
「勘弁してくれよ。唯一のストレス発散だぞ」
「その結果、煙嫌いのアタシに過度なストレスを与えているのだけど」
「はいはい、参りやした。大人しくしておくさ」

****

翌日も、少年はベランダで星を眺めていた。
余程気に入ったのだろう。
好きな女の子からのプレゼントともあれば、そりゃあ飽きるはずもないか。
そう思ってしげしげと見守っていると、こちらに向けて少年が近寄ってきた。
そして、少し恥ずかしそうにしながら、小声で珍しくお願いをしてきたのだ。

「あの、写真を送ってあげたいんですけど」

少年の滅多にないわがままに内心小躍りしつつ、表面上はなんでもないことのように四角四面な回答を返した。

「ああ、いいよ。流石に文章は取り次げないが、悪いな」
「いえ、それは仕方がないですよ」
「ところで、だ」

前半で喜色を浮かべ、後半で意気消沈する少年に向けて、俺は悪い笑顔を見せる。
さもこれからよからぬことを行いますよと宣言するような、悪い悪い大人の顔だ。

「仕方がないと言えばなんだが、偶然繋がりっぱなしのままスピーカーモードになった通話が、周りの音声を拾っちまうのは、仕方ないよなあ」

『今日は夏の大三角がよく見えたんだ』
『この写真がこと座のベガ?』
『そうそう、二枚目がわし座のアルタイル』

その日から、偶然俺もアイツもベランダに携帯を置き忘れることが増えてしまったわけだが、いやあ、仕方ないったら仕方がないよな。




前へ

次へ

書斎に戻る

トップページに戻る